御巣鷹山を訪れて
日本機関紙協会九州地方本部理事長 緒方 満
今年の8月13日に御巣鷹山に登り、線香と花を手向けてきた。日航123便の墜落事故から30年、この間、公共交通機関に携わる者として「いつかは」「一度は」という思いと、「遺族にとって神聖な墓所に足を踏み入れてよいものか」という思いが重なっていたが、ためらいを振り切り訪れることにした。
事故の現場は「御巣鷹山の尾根」と称されているが、実際には高天原山に連なる尾根であり、事故の核心部にある「昇魂の碑」は登山口から急坂を登ること40分あまりのところに祀ってある。事故当時の傷痕は30年を経て自然へと帰りつつあるものの、針広混交林の美しい森とは裏腹に、1キロ四方に点在するおびただしい墓標が今なお受け容れ難い不条理を表し、風化に抗うかのごとしであった。
520人の生命がこの地で潰えたわけだが、この事故を十把一絡げに死者数の多さのみで追想することは戒めねばならない。亡くなった人々はもとより、その遺族や友人の未来を奪ったこの事故に対して、私たちはどう向き合ってきたのか、人間の想像力には限界があるが、痛みと悲しみ、「安全とは何か」は、今なお共有すべき課題だと、現場で手を合わせながら改めて思った。
8・12連絡会(あえて「遺族会」を名乗っていない)は、会報「おすたか」を定期発行し、文集「茜雲」を発刊しつつ、遺族間のその時々の思いを紡いでこられた。さらに、JR福知山線事故の遺族などとも連携しながら、航空のみならず、公共交通機関全般の「安全」について提言し活動を重ねられ、その取り組みは世界的にも高く評価されている。
にもかかわらず、それを蔑にするかのような現在の航空業界。ローコストキャリア(LCC)の参入に伴って運賃競争が激化し、安全コストが切り下げられ、事故の可能性が高まっている。経済効率優先の行き着く先は「御巣鷹山」の再来に他ならない。交通運輸業界は、経済学でいうところの情報の非対称性(情報の偏在)や合成の誤謬が存在し、「市場の失敗」が起こりやすい、と指摘されている。利用者はどの事業者が安全か、その選択肢となるべき基礎情報を持ち得ておらず、結果として安全か否かを判断することは極めて困難である。まだ記憶に新しいマレーシアやルフトハンザの航空機事故、韓国のセウォル号沈没事故やアメリカ・フィラデルフィアの鉄道事故など、陸海空を問わず、世界では毎年、多くの人々が悲惨な事故の犠牲となっており、日本でも「御巣鷹山」のような事故が二度と再び起きないという保証はない。
御巣鷹山で救助された4人のうち、川上慶子さんは、共に旅していた父と母、そして妹をこの事故で失っている。スゲノ沢にひっそりと置かれているその墓標には「一人は万人のために、万人は一人のために」と記してあった。それが私たちに遺された尊い「教訓」である。